今と昔で変わった「仕事」に対する考え|忘れられない先生の言葉 ー What Life Taught Me About Work

海外就職・キャリア

今と昔とで変わった「仕事」というものに対する考え

今でも忘れられない出来事があります。

20歳の頃、大学の研究室で先生に言われた一言です。

子どもの頃、私は大人たちが口をそろえて

医者や弁護士になったらどうだとか

と言うことに違和感を抱いていました。 

あの頃の私にはわからなかった価値観。

そして今では別の考えを持っています。

社会に初めて出て就職して「仕事」「キャリア」というものが人生にとってどういうものなのかを知りました。

あの時の未成熟な私は

みんなに偉いと思われるために人生を選ぶのは違う

と子供ながらにも当時の自分の信念を持っていました。

でもそれは大人になって初めて、あの時の大人たちの言葉を重く感じたのでした。

仕事・キャリアというのが

人生においてどれだけの割合を占めるかを考えたとき

それはとても大きなものです。

自分の能力を社会に還元し、その一人ひとりの仕事が、少しずつ社会を動かしている。 

そして自分にも報酬という形で還元がある。

私はそれが「働く」ということなのではないかと思っています。

人生初めての仕事はエアラインでした。

当時自分がなりたい・やりたいと信じた仕事でした。

大人たちには反対されることもしばしばでした。

そんな中で

大学生の時の忘れられない思い出があるので書いていこうと思います。

大学時代、私は当時厳しいと有名だったS先生(教授)の研究室に入りました。

周りの友達は、先輩たちから優しい先生・緩い研究室の口コミを聞き入れて研究室(ゼミ)を決める様子もありました。

S先生は厳しいらしいよ

と忠告を受けたけど

自分が当時の研究室の中で一番興味のあったのがS先生の人権・法律学でした。

私は学生時代、真面目な優等生というタイプではありませんでした。見た目で先生に目をつけられることも多かったと思います。 

S先生にも気に入られてはいないと感じていました。

金髪スウェット・中高時代は髪をいつも結ばない(校則があった)

真面目になってやり直せば得られるものは沢山あったなと思います。

それでも研究は楽しくて、

図書館で判例の本を何冊も読んで、そこから独自の「理論」というのを証明する研究過程でした。

人権・法律の論議はこの判例の研究というのを大量にやります。

ある日の研究室での事でした。

「卒業後はどうするんだ。」

「エアラインに就職したいと思っています。」

そう答えた瞬間でした。

「馬鹿なことを言うんじゃない。」

「…」

「そんなアナウンサーになりたいみたいなチャラチャラした事を言わないで、大学に残って研究を続けなさい」

そして私はその場でぽろぽろ泣いてしまったのでした。

馬鹿と言われたのが悔しかった。一言で否定されたのが辛かった。

周りからは 賢い・優秀なんて言われることも多く

大学受験では自分自身に諦めかけた時期もあったけれど、

それでも学業に向き合ってきたという自負は持っていました。

馬鹿ではない。

そして私なりに信じるものがあって当時はCAになりたいと思っていた。

先生もびっくりした顔をしているような感じもあったけど

先生はそのまま研究室を出て行った。

あの時の先生の言葉の意味が

そのままではないけど

今は痛くも理解できる気がしている。

20歳の私にはわからなかった。

でも私は自分の選択に後悔しているわけではない。

子どもの頃には理解できなかった、大人たちの価値観

自分で選択して、人生を辿ってみなければ気付けなかったことは本当に沢山ある

それをなしには「仕事とは」「キャリアとは」を深く語れなかったかもしれない。

「学(学問)」を極めるのが偉いのではなく

「学」を極めて価値を生み出すことができるならそれは社会にとってとても重要な役割であり

自分自身への価値を感じられる

学問の分野だけでなくどの道でも同じではないだろうか。

大切なのは、肩書きそのものではないということ。

その奥にある、

「なぜその仕事に価値があるのか」

という本質を理解することなのだと思います。

「仕事」そしてその中身は自分のコアと大きく繋がるものであったという答えをここに来て知ることができ、

S先生のあの言葉への重みを少し感じられる気が今ならします。

先生が見ていたであろう価値観も今はきっと理解できます。

あの時、何万字も書き直した卒業論文。 

あれは今でも私の大きな経験(宝)です。 

製本して先生の研究室に今でもあるはず。

戦後に東京で法学を学んだ祖父にも、その論文をプレゼントしました。 

毎日少しずつ読んでいたと、後から母が教えてくれました。 

いつも私のことを考えが凄い、大物になるよと言ってくれた祖父でした。 

人生に正解があるのかは分かりません。

でも、自分で考え、悩み、選び続けることにはきっと意味がある。

あの20歳の日の涙も、その一つだったのだと思います。

Thinking shapes who we become. 

Amy

海外キャリアを本気で考えている方へ
この記事を書いているAmyは
カナダで現地企業就職 → IT転職 (BC州政府IT職)というキャリアを経験しています。
海外キャリアコンサルティングではビザ・市場価値・キャリアルートを分析し再構築します。
→ 海外キャリアコンサルティングはこちら

カナダ現地企業フルタイム就職シリーズ
海外経験を“キャリア資産”にするという考え方|カナダ移住後すぐに現地企業就職
やりたい”と“動ける”の分岐点|カナダ現地企業就職への一歩
海外就職は努力では超えられない|ビザという“構造の壁
カナダ現地就職に挑戦して気づいたこと|海外就職は“受かる”より“戦えるか”
カナダ現地就職のレジュメ対策|採用される人の視点とは
カナダ現地就職の面接対策|面接で見られるポイントとは

タイトルとURLをコピーしました